私は「ガンダム」について全く知りません。
昔知人に無理やり最初の劇場版?だかを観せられたのですが、それ以外の作品は一切観ていません。
そもそも二足歩行人型巨大ロボット()が出てくる時点でもうね、アホらしくて興味が湧きません。
昔観せられた劇場版?に関しては、ギレンの演説シーンだけは印象に残っていますが、それ以外はさっぱり覚えてませんね。
そんな私なので今放映中の「水星の魔女」に関しても完全にスルーしていたのですが、たまたま目に付いたネットの評判を読んでみると「少女革命ウテナ」ばりの学園百合アニメで、ガンダムヲタクには評判が良くないらしい。
そうか、ならば試しに観てみようか、とAmazon Primeで視聴したのですが、これが意外と面白かったんですよね。
確かに「決闘」とか「花嫁」とかウテナっぽいキーワードが出て来ますが、ウテナのようなオカルティックな象徴的儀式では全くなくて、「戦争の渦中ではない学園」でおもちゃメーカーのスポンサード製品であるガンダムを毎回登場させるだけの舞台装置に過ぎないように見えます。
私的には、大して能力も無い、へっぽこ我がままお嬢様であるミオリネに、何故か子犬のように付き従う殺人マシーンのスレッタという構図が、傑作百合アニメ「ノワール」のミレイユと霧香っぽくて大いに萌えます。
ガンダムに乗ると戦闘能力ピカイチのスレッタが、降りるといつも自信なさげでオドオドしているのもめっちゃ可愛いです。
12話でガンダムに乗ったスレッタが生身の敵をトマトのように叩き潰すシーンは最高でした。
あのシーンには何故か批判の声が多いらしく、スレッタがサイコパス呼ばわりされているようですが、私に言わせればいや、馬鹿か、アホかと。
ガンダムって兵器で、ガンダムの操縦者って殺人の訓練してて、その能力が学園でのカースト制に直結してるっていう設定ですよね。
むしろ命助けられて相手に感謝の言葉一つ無いミオリネの方がサイコパスだと思うんですが、これも夕叢霧香を怪物呼ばわりしたミレイユ・ブーケと似ています。
「ノワール」の時もミレイユに霧香は勿体ない、と思ったものですが、「水星の魔女」でもミオリネにスレッタは勿体無いと思いました。
とまあスレッタ萌えな私なんですが、相変わらずガンダムとか言う二足歩行人型巨大ロボット()には全く魅力を感じません。
そもそも「水星の魔女」に出てくるロボットって全部ガンダムの一種なんですかね。
初代?の古い映画版にはザクとかギャンとか言うスターウォーズに出てくるドロイドみたいな愛嬌のあるロボットが居たような気がするんですが、「水星の魔女」に出てくるロボットって、どれもみんなシュッとした似たようなデザインで、イマイチ個性が無いように見えます。
そんな私ですが、生まれて初めて「ガンプラ」なるものを買いました。
買った機体はこれです。
可変装甲戦闘車輛・通称「ガンヘッド」ユニットNo.507のプラモデル、つまりガンプラです。
いやー河森正治さんのデザインはカッコイイですね。
私は二足歩行人型ロボット()とか言う子供だましのオモチャには一切魅力を感じませんが、戦車とかドロイドは大好きです。
兵器と言えばやっぱり戦車が1番ですね。
戦闘機や戦艦もまぁ、嫌いでは無いですが、何というか人に寄り添ってないじゃないですか、歩兵から遠いというか。
「ガンヘッド」の事を知らない人のために軽く説明すると、1989年にサンライズ・東宝・角川が共同製作した日本の特撮映画で、麻宮騎亜がコミカライズ版を描いています。
監督は原田眞人で主演が高嶋政宏、ヒロイン役はハリウッド女優のブレンダ・バーキです。
映画の出来はハッキリ言って「イマイチ」ですね。
その原因はしょぼい邦画にありがちな「俳優がことごとく大根」これに尽きます。
特に主人公ブルックリン役の高嶋政宏は滑舌悪過ぎな上、終始ボソボソ喋るので何言っているのかさっぱり聞き取れません。
ブレードランナーに影響を受けたサイバーパンク世代のSF映画なので俳優陣は多人種で構成され、セリフの半分ぐらいは字幕が入るのがせめてもの救いです。
この映画の俳優陣で唯一良かったと言えるのは、ヒロイン役のブレンダ・バーキがかなりの美人で、軍人をカッコよく演じていた点でしょう。
麻宮騎亜のコミック版は普通に面白いし、キャラクターも魅力的なので、そちらも併せて読むのがおススメです。
この映画では大根役者の事はどうでも良くて、特技監督・川北紘一の特撮と河森正治デザインの「ガンヘッド507」の魅力が全てです。
当時はCGなんてものは当然のように使われていません(せいぜいモニター内のワイヤーフレーム程度)。
ミニチュアあるいはフルスケールのセットで特殊撮影を行っているわけですが、今時のCGと比べると当然粗も目立つし、やはり巨大感とかが全く足りません。
また同時期のハリウッドの特撮映画と比べても日本の技術は何周回も遅れていたので、例えば1968年の「2001年宇宙の旅」なんかは、未だにアレを超える特撮映画は最新のCG山盛り作品にも無いレベルなんですが、既にそういう海外のSF作品群を目にしていると日本の特撮SF映画というのは映像的にかなり見劣りがします。
ですが「ガンヘッド」はそういう技術的ハンデを背負いつつも日本人にしか作れないエッセンスのある、魅力的な映画だと思います。
川北紘一さんの特撮は、ハリウッドと比べると遜色無しとは言えませんが、邦画としては間違いなくトップレベルですし、ガンヘッドのロケーションに関しては実写パートと特撮パートの繋がりに全く違和感が無く、退廃的なサイバーパンク世界の雰囲気が抜群に出ています。
魅力のもう一つは「ガンヘッド507」というキャラクターです。
このガンヘッド、戦車なんですが直立するんですよ。
立つと言っても二足歩行巨大ロボット()になるわけでは無く、移動はあくまで車輪走行なんですが「スタンディングモード」という第二形態があり、必要に応じて変形するんですね。
ちなみに劇中でもスタンディングモードにはなるのですが、その理由は何なのか、必然性もメリットもさっぱり分かりません。
戦闘車輛=戦車であり、戦車というものは普通、車高が高い=デメリットです。
何故なら車高が高くなると被弾面積が増えるだけなので。
二階建て戦車と言われたシャーマンとか糞雑魚じゃないですか。
じゃあなんで「ガンヘッド507」にスタンディングモードなんて設定を追加したのか?ですが、これは100%、変形するのがロマンだから、という理由でしょうね。
兵器としての合理性は一切無くとも「戦車が変形する、ただそれだけで魅力がある」という事でしょう。
こういうデザインの発想は日本のアニメ業界にしか無いものだと思います。
実際、戦車大好きな私もこのガンヘッドはカッコイイと思います。兵器としての性能は低そうですが。
このコトブキヤさんから発売されたプラモデルは、タンクモードとスタンディングモードの変形を再現しています。
さらにこの「ガンヘッド507」昨今ホットなAIを搭載しています。
戦車が自分の思考を持っていて、喋るんですね。
ChatGPTなんぞよりも遥かにまともに人間と会話するし、矜持やユーモアのセンスすら持っています。
まさに相棒という感じです。
「確率なんてクソくらえ、でしょう?」
「死ぬときはスタンディングモードで」
欧米SFでは、こんなセリフは等身大のヒューマノイドロボットしか言わないでしょう。
魂は神が自分に似せて造った人型にのみ宿るものだという基本原則があるのかも知れません。
「変形する戦車」がこういうセリフを吐き、兵器として散っていく、これは「物にも魂が宿る事がある」という日本人特有の美学だと思いますね。
私はプラモデルとか全く作った事も買った事も無いのですが、このガンヘッドのプラモデルは復刻版との事でたまたま見つけたので思わず買いました。
しかも同じものを3個。
左から転売用・転売用・転売用です。
嘘です。全部保存用ですね。
これも最近発売された映画のBlu-rayと比べると、結構大きいパッケージなのが分かると思います。
ガンプラって普通にこんな大きいモノなんですかね。
いつか組み立ててみたいと思ってはいるのですが、「ガンプラの作り方」でYouTube検索すると「ゲート処理」だとか「スジ入れ」だとか「ヒケ取り」だとか言う気の遠くなるようなパーツ処理をチマチマとやってる、ゾッとする映像が山ほどヒットしてビビりました。
時代物でかつての侍が引退してから、悟りを得るために何体もチマチマ仏像彫ってるとか言う設定あるじゃないですか、アレを思い起こしましたね。
なので組み立てるのは実際いつになるのか…なんかこのまま「積みガンプラ」になるのかも知れません。
多分この製品、今の在庫が捌けたら再販は暫く無いんじゃないでしょうか?
映画「ガンヘッド」は万人受けは全くしないのは過去の興行成績の実績を見ても明らかなんですが、私のような一部の人間にはすごく刺さる部分があります。
古い作品なんですが、最近何故かBlu-rayが発売されたという事もあり、この記事を読んでちょっとでも興味を持たれた方はぜひ観てもらいたいですね。